2009年8月 4日 (火)

裁判員拒否します

といっても、候補者にもなっていない。3日、裁判員裁判が東京地裁で始まった。現代の“赤紙”によって呼び出され、強制的に参加させられた裁判員によって。

これまでにも裁判員制度を批判する著書を紹介するかたちで、自分の考えをブログにつImg_3535 づってきた。いまも同制度がいかに欠陥があり、死刑判決をもさせる苦役を強いるかなどが書かれた『裁判員拒否のすすめ』を読んでいる。

この本の中で特に驚き、改めて裁判員制度の怖さを知らしめてくれたのが第4章「裁判員制度、隠された本当の狙い」。“市民参加制度”という裁判員法の矛盾を指摘したうえで、権力行使をたやすくさせるために《市民が裁判員になることで、権力者として振舞うことによる爽快感を得る》=爽快派、《強権的裁判に市民を強制的に参加させ、国家権力の強大さ、恐ろしさを体験させて、国家権力に従順な市民を養成する》=従順派、この2派を《増加させようとしていることが十分考えられ》るという。

《裁判員制度の導入の真の目的が国民の国家権力従順化教育制度》との指摘は鋭い。《裁判員制度の行き着く先は「憲法改正」》だったとはthink。《日本国憲法下において人権意識、平和意識に「毒された」国民》の一人として、《国家権力に従順な国民に改造》されないためにも、断固拒否punchしたいと思う。

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著者:伊佐 千尋,木村 壯,生田 暉雄,亀井洋志
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2008年11月17日 (月)

“CHANGE”ならず

Img_2299 変える、変わることをどうして望まないのだろう。現職が当選すれば、赤字は必至という箱モノを推進するのは目に見えているのに・・・。

16日に投開票が行われた知事、市長選。現職の両首長は手を組んで選挙戦を戦った。結果、ともに再選think。県民、市民は変革よりも現状維持を選択したことになってしまった。

投票率は二つとも前回を下回っている。知事選は32.28%で過去2番目の低さ。市長選は過去最低(39.41%)に迫る40.28%だった。市長選では現職の得票数と新人3候補の合計得票数がほぼ同じだったことから、反対票が分散してしまったようだ。

再び市政を任されることになった市長には、かねてから計画している350億円もの巨費をかけて導入する次世代型路面電車(LRT)trainについて、再考してもらいたい。一部の人にしか利用価値のない乗り物なんていらない。

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2008年11月15日 (土)

決戦前夜

16日の投票日前夜、応援する市長選立候補者の選挙事務所に行ってきた。8時少し前、遊説カーが次々と到着する。候補者が最後の演説。CHANGE。米大統領だけでなく、市長もぜひ変わってほしいと願う。

Img_2278 現市長は最後の遊説を自身が進めて造った箱モノ、100億円を超える施設で行ったという。今回の選挙戦では、新人候補が争点としている350億円を超える事業についてはあえて口に出さず、巧妙に逃げていた。赤字が明らかな施策に対して、一市民として断固反対を言いたい。

果たして結果は? 政治家ではなく「経営者」と言ってはばからない現市長。無駄な箱モノ行政をストップし、変革を求めたい。

We shall overcome.

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2008年10月26日 (日)

鳩山さんも来た

市長選、衆院選立候補予定者の合同総決起集会があり参加。一地方都市の首長選だHatoyama が、民主党の鳩山由紀夫幹事長が応援に駆けつけた。かなり気合が入っているeye

わが市は人口約50万人。市長選では、2期目を目指す現職と新人3人が立候補を予定している。

巨額の事業費をもって現職市長が推進しようとしている計画に対し、ほかの3人はいずれも反対の立場。対決の構図が分かりやすい。自分のしろうと感覚としても、市長の構想は赤字になることが明らかだと思う。

立候補予定の新人が掲げるキャッチコピーはCHANGE。地方からの変革に期待して、1票を投じたいgood

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2008年10月20日 (月)

だれでも同じだって??

間もなく県知事、市長選がやってくる。投票日が同じ日のダブル選挙だ。きのうわが家に回ってきたJAの回覧板には、何と特定政党の立候補予定者の後援会へ入会を勧めるチラシまで挟まっていた。

チラシを見て父親は「だれが(知事、市長に)なっても同じ。結果も分かっている」と訳知り顔gawkでのたまう。だから「投票には行かない」。

テレビtvや新聞のニュースを見ては、いまの政治はどうのこうのと偉そうに講釈を言う父。さらには、後期高齢者医療制度の対象だけに、年金から保険料が天引きされ、もらえる額moneybagが少なくなったとぼやく。

イラク特措法、裁判員制度、地デジにしてもそうだが、だれがやってくれと頼んだ? いつの間にか法律ができ、国民の生活を苦しくする。それはどこの政党がそうしている? よーく考えれば分かるだろう。家の中でブツブツ言っている暇があったら、せっかくの1票を大事に投じて、変革に少しでも動けangry、と言いたい。

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2008年9月27日 (土)

ビルマはいま

APF通信社の長井健司記者がビルマ(ミャンマー)で射殺されてから、27日でまる1年。民主化運動を取材中、ミャンマー軍兵士に銃撃され倒れている衝撃的な映像は、今でも鮮明に記憶に残っている。

最後までビデオカメラを離さなかった長井さん。『命の対価 独立系ニュース通信社の使命』によれば、《穏和な性格とは対照的に、とても正義感が強く、理不尽なことや不正に対しては怒りをぶつける熱い面も》ある人だったという。危険な戦争、紛争地域にも「現場に立つ」ことを信条に、取材をしていた。

日本がODAで支えていた軍事政権は、いまも変わらない。ビルマ民主化運動の指導者、アウンサンスーチーさんは自宅軟禁されたままだ。昨年、長井さん殺害の真相究明と拘束されている僧りょの釈放などを求めた仏教会の署名にも協力したが、日本政府はもちろん、これからも粘り強く要求していかなければと思う。

長井さんがまさに命をかけて伝えたもの。『命の対価』の中でテレビキャスターの麻木久仁子さんは《「知る」ということと「知らない」ということ。その狭間で、私たちは耳を澄まし、感じなくてはならないということ》だと述べている。

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2008年8月 7日 (木)

ナターシャ教育TVに

広島に原爆が投下されてから63年となった6日、NHK教育テレビtvに歌手のナターシャ・グジーが出演した。番組は「視点・論点」。

10分間の番組だが、22年前のチェルノブイリ原発事故で被ばくしたナターシャが、自身の体験を基に「人間は忘れることによって、同じ過ちを繰り返してしまいます。悲劇を忘れないでください。同じ過ちを繰り返さないでください」と切々と語りかけた。

平和への願いを込めた美しい歌声も披露。民族楽器バンドゥーラの弾き語りで映画「千と千尋の神隠し」の主題歌、「いつも何度でも」を歌うナターシャ。深い歌詞の意味が伝わってくる。

原爆原発。ともに根っこは同じもの。核兵器はもちろん廃絶すべきだが、日々放射能を生み続けている原発も直ちになくすべきだ(ちなみに国内すべての原発を止めても停電にはならない)。放射性廃棄物の処理法も確立されていない。そしてチェルノブイリの大惨事を2度と起してはならない。

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2007年10月26日 (金)

ビルマはいま

日本人ジャーナリスト長井健司さんが9月27日、銃撃されるという衝撃的な事件から1カ月になろうとしている。食肉偽装、前防衛事務次官のスキャンダル報道などばかりで、当時と比べるとニュースの量が格段に少なくなっているが、ビルマ(ミャンマー)はいまどうなっているのだろう。

DAYS JAPAN』11月号によると、今回の事件は突然起きたものではない。1988年の民主化運動を軍が押しつぶし、《90年5月の総選挙で勝利したアウン・サン・スー・チー率いる国民民主同盟(NLD)への政権の移譲もなされず》《長期の軍政を敷いて》《市民生活は困窮し、何かきっかけがあれば爆発する状況にあった》という。

民主化要求を残虐に弾圧する軍政に対し、日本政府は強く非難すべきだろう。私たちもよその国の出来事と忘却してしまうことなく、できることから抗議の声を挙げなくてはならないと思う。

Img_1106 僧侶の資格をもつ先輩から「ミャンマー僧侶・市民等、一切の拘束者の即時釈放を求め」る請願署名の依頼があった。国連事務総長あてで①ミャンマー僧侶・市民等、一切の拘束者の即時釈放②日本人カメラマン・長井健司氏射殺の真相究明③ミャンマー軍事政権の強圧政治をやめさせ、民政移管-を求めている。

*署名取り扱い団体は、釈迦仏教教団、〒413-0231 静岡県伊東市富戸783-6、℡0557-51-3475。

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2007年9月11日 (火)

悲劇は続いている

01年9月11日は何をしていただろう。ふだんの習慣でつけられていたテレビを眺めていると、画面がアメリカからのニュース中継に切り替わり、どのチャンネルを回してもニューヨークのWTC(世界貿易センター)に飛行機が突っ込んだ様子を映し出していた。

米同時多発テロ。ブッシュ大統領は「テロとの戦い」を宣言、ビン・ラディンの引き渡しを要求しアフガニスタンを攻撃した。これに対し11日付『毎日新聞』でノーム・チョムスキー教授は「タリバン政権転覆のため米国が爆撃したことこそ国際テロの見本だ」と述べている。

さらに米国は「大量破壊兵器がある」として、イラクへ侵攻。いまだに戦闘は終わらない。

米国へのテロ攻撃に至った原因があるはず。何でもかんでも“対テロ”と錦のみ旗にして他国を侵略しつ続ける姿勢もどうかと思う。落とした爆弾の下には、戦争とは全く関係のない人たちが暮らしている。“Imagine !”

ぼくの村は戦場だった。 Book ぼくの村は戦場だった。

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2007年7月 4日 (水)

delicacy

全く配慮のないひと言が、命取りになる。「しょうがない」。久間章生防衛相はこの“失言”がもとで辞任した。

6月30日の久間防衛相発言いらい、連日マスコミは大きく取り上げている。一連の報道を見て、うちの両親は何を言ったか。「“しょうがない”って口を滑らせただけなのに大騒ぎだ」と、さも問題視する方がおかしいという感じで話している。

自分や親のようにただの人が、仮に原爆投下を「しょうがない」と言ったところで、それは個人の考えだから、だれも問題発言だと責めはしないだろう(自分は見識を疑うが)。同じ言葉でも、公人の最たる大臣が公の場で「それを言っちゃおしまい」だ。

被爆者らを傷つける発言を聞き逃さず、全国へ記事を配信した共同通信の記者は立派だと思う。それに比べ、大臣が「しょうがない」と言った事の重大さに気づかない両親。残念ながらふだんの言葉遣いにデリカシーが欠けているだけに、何げないひと言がどれだけ重く、影響を与えるか分からないのだろう。

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