一つだけのカップめん
世界でたった一つのカップめんとは驚いた。カップヌードルの詰め替え、そしてオリジナルのカップが作れる。こりゃあ面白い
。
カップめんを生んだ日清食品で、何とRefillと専用カップ(マイヌードルカップ)を発売していた。さっそく購入。オリジナルカップで楽しんでいる。
デザインは「カップヌードルリフィル」専用サイトで簡単に作ることができる。自分で撮った写真などを取り込むだけ。オリジナルデザインもある。
使ったカップは洗って何度も利用可能。確かに「エコスタイル」だ。
世界でたった一つのカップめんとは驚いた。カップヌードルの詰め替え、そしてオリジナルのカップが作れる。こりゃあ面白い
。
カップめんを生んだ日清食品で、何とRefillと専用カップ(マイヌードルカップ)を発売していた。さっそく購入。オリジナルカップで楽しんでいる。
デザインは「カップヌードルリフィル」専用サイトで簡単に作ることができる。自分で撮った写真などを取り込むだけ。オリジナルデザインもある。
使ったカップは洗って何度も利用可能。確かに「エコスタイル」だ。
ついこの前免許を取得したばかりの娘の運転
につきあった。3キロほどの場所にあるバイ
ト先
に行くのに、車で行くというので助手席に同乗した。
ハンドルを握るのは1カ月ぶりだという
。直線道路でもハンドル操作が一定しておらず、微妙に左右にぶれているのが気にかかる。センターラインにも寄りすぎ。左折時には縁石にこすらないかなどなど、どうしてもアラが目についてしまう。
無事にバイト先に到着。恐怖!? の体験は終了。ところで同じ日の午後、自宅前で自動車事故
。ドン、という音がして外へ出てみると、乗用車が電柱に衝突していた。優先道路を走っていたその乗用車が、「止まれ」の標識があるのに一時停止せずに左側からきた軽トラックを避けようとし、右斜め方向に立っている電柱にぶつかった(軽トラックは逃走
)。
ボンネットの中央部がへこんでいる。幸い運転者にけがはないようだ。娘と同じ年ごろの女性。事故はいつ起きるか分からない。
12月25日はタロー
の命日。1年前のクリスマス、ついに永い眠りについた。約16年、家族の一員として一緒に過ごした愛犬。
人間なら1周忌は盛大に行うのだろうけど、タローには何をしてあげればいいのか・・・。法事というわけにもいかないし。結局、感謝の意味を込めて庭の片隅にある“墓”に線香を上げ、水とドッグフードを置いた。
毎日帰りを待っていてくれたペットがいないのは寂しい。いちおう番犬の役目は果たしていた
し。散歩に連れて行けばマイペースでぐんぐん歩き、全然言うことを聞かなかった。でも、よき相棒だった。
線香を上げていて気づいた。傍らに子供のころから好きなノノヒロ(ノビル)が7本、伸びていた。ちゃーんと飼い主の好物を知っていたんだ。天国からのプレゼントありがと。
クリスマスイブ、娘がようやく自動車運転免許証
を取得した。県免許センターでの学科試験に臨むこと3回。1発合格をしてほしかったが、“3度目の正直”で何とかクリア。年内に間に合った。
教習所にしても、マメに行かなかったこともあり、卒業までほかの学生より長い期間かかった。仮免許受験のための予備試験でも手こずり、そのうち教習期限が切れてしまうのではないかと心配していた。
自分は18歳の夏休みに免許を取得。近所にオープンしたばかりの教習所で、まだ未公認。
そのため若い学生らを中心に教習生を集め、合格率を上げて早期公認を目指していた(らしい)。仮免も本検も県免許センターでの試験。でも、たしか教習料は、すべて込みで7万円だった。乗り越しても追加料金なし。昔とはいえ、かなり破格である。
念願の免許証を手にした娘には、安全運転に努め
、そして交通事故
にはくれぐれも気をつけてもらいたい。これから親としては、車に乗り出したら帰宅するまで気の休まらない日々がくる。
どんなことでも強制されるのは嫌だ。自発的、自らの意思で行うことが一番。ところが、国というのは一つの方向へ無理やり従わせたがるものらしい。
「自分の国を愛しましょう」なんて他人から言われると、なんか違うよという気がする。06年に教育基本法が“改正”され、「愛国心」が盛り込まれた。小学校では、愛国心を教え、評価するらしい。でも、どうやって?
「一水会」の元代表で現在は顧問を務める、鈴木邦男さんの著書
『失敗の愛国心』(理論社)を読むと本当の愛国心が見えてくる。たとえば、《愛国心は「心」だ。ひっそりと心の中で思うものだ。それでいい。声に出して言うとニセモノっぽくなる》。さらに《大声で、「俺は愛国者だ」と言うと、そうでない人を非難しがちだ》と核心を突いている。
5千回の君が代斉唱、国旗掲揚を実践したというだけに説得力がある。愛国心を持つのは当たり前、そうでない人は反日、非国民などと他人を批判せず、自由な心は大切にしたい。
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失敗の愛国心 (よりみちパン!セ 34) (よりみちパン!セ) 著者:鈴木 邦男 |
歴史を感じさせる蔵造りの建物。昔、製麺所だった。それがそっくりそのまま店舗になって
いる。「うどんや」という屋号のお好み焼き屋さんだ。
忘年会第2弾のような、どちらかと言えば通常の食事会が開かれた。アルコールは控えめに
。
でも、提供されたお好み焼きが実においしい。京都からほぼ毎日仕入れているという九条ネギを使い、本格的な関西風。肉厚の大きな牡蠣(かき)が入った秋冬限定メニュー、牡蠣玉がうまい。レモンのほのかな味が食欲を誘う。おススメだ。卵をたっぷりと使用したとん平焼きは、ふんわりとした焼き加減がいい。しゃれた店内とメニューが評判で、若者たちでほぼ満席だった。
食べることを優先させてしまい、自前の写真
を撮り損ねた。掲載写真はうどんやさんのホームページからの借用。実際に行って、ぜひ味と雰囲気を体験してほしい。
毎日おびただしい量のニュースが新聞、テレビなどから流れてくる。受け手側はそれらは“真実”だろうと思っている(思わされている)。でも、伝えるべきことを伝えていない報道だとしたら・・・。
《「戦争ができる国」をつくるマスメディア》について警鐘を鳴らしているのが『壊憲 翼賛報道 04~07年メディア検証』(山口正紀著)。アフガニスタン、イラクへの自衛隊派兵をはじめ、首相の靖国神社参拝、教育基本法や労働法制の改悪など次から次へと進む危ない状況について、マスメディアはきちんと事実を伝え、ジャーナリスト
としての役目を果たしているのか。
『壊憲』で山口さんは、マスメディアは《「テロの脅威」や「犯罪不安」を煽り、「壊憲」への道を地均しする<翼賛報道>に雪崩れ込んでいる》と指摘。来年からスタートする裁判員制度、権力犯罪、冤罪事件などについての具体的な報道事例を挙げて批判している。
ニュースをうのみにするのではなく、疑う視点をもつことが大事だと気づかせてくれる本だ。“いつか来た道”を再び歩むことのないよう、報道する側、受ける側ともに真剣に考えていきたい。
![]() |
壊憲 翼賛報道 著者:山口 正紀 |
多い年には5回もあった。公私ともに合わせての忘年会
の数。不景気やつき合いの減少などで、最近では1回あればいい方だ。
で、今年初の忘年会が開かれた。職場関係だが、会場は自宅から自転車
で5、6分のご近所。店の人たちも知っているので、肩ひじ張らずに利用できるのがいい。
ボランティア団体の宴会だと、たいていは二日酔いになる。それだけのん兵衛がいるとい
うことだが、夕べは飲みすぎずおいしい食事を満喫した感じ。会話を楽しみ、交流を深めることができた。
何度となく忘新年会を経験してきたが、一番印象に残っているのは・・・。彼女と2人だけの忘年会
。キャンドルの炎がともる隠れ家のような店で、カクテルグラス
を傾ける。濃密な時間が流れていた。深夜の交差点で熱い抱擁・・・。以上オヤジの妄想でした
。
なかなかユニーク。意外に気づかなかったことを教えてくれる。最近読んだ『女装と日本人』(三橋順子著)は女装
と日本人のかかわりについて、分かりやすく学ぶことができた。
日本人は女装に対して、とても寛容な国であるらしい。「女装の建国英雄ヤマトタケル」から始まり、神話時代から昭和戦後期まで女装の歴史をたどり、“女装好きの日本人”の原点を探っている。現代の女装者のコミュニティについても詳述されており、興味深い。
自分が好きな歌手、中村中について書かれた一節もあり、《彼女の生得的な性が男性であったとしても、その音楽の魅力にはなんら変わりはありません》《魅力的なものは魅力的、男性たちも、早く硬直した姿勢から脱して、そう素直に感じ表明してほしい》。同感である。
著者は「おわりに」で《21世紀の日本の社会が性別越境に寛容だった文化伝統を継承して、多様な「性」をもつ人たちが社会的に差別されずに暮らせる社会の実現を目指すことを心から願って》いると述べている。《世の中にはいろいろな人がいる、いていいのだ》。そして《多様性がもたらす豊かさ》をこれからも大事にしたいと思う。
| 女装と日本人 (講談社現代新書) 著者:三橋 順子 |
日本人同士、日本語がしゃべれるからといって、話が必ず理解し合えるとは限らない。毎度ネタを提供してくれる母親の話。
家で使っているガスのメーターに連動し、電話回線につながっている機器がある。故障しているのか、しばらく前から電源ランプが消えていた。稼働していないのならコンセントにプラグを差し込んでいてもしょうがない。で、抜いていた。
データが送られないためか、ガス会社の人がきて直していった。そのさい母親は「コンセントから抜いていたから使えなかった」というふうに言われたようで、そのまま自分に伝える。「確かに抜いてはあったが、もともと電源ランプが点灯していなかったので、抜いた」との説明が「言っていることが分からない」。「ガス屋さんがそう言っていた」の一点張り。
抜いたからダメなのではなく、ダメになったから抜いたというのに、通じない。同じ県民でも出身地によっては言葉が通じないことがある(半分冗談
)。育った環境、文化などの違いによるものだと思うが、言語が理解できない。今回はそんな局地的な方言を使ったわけでもなく、ごくごく普通の日本語でしゃべった。でも言葉が届かない
。
大阪府教委が小中学校で携帯電話
の持ち込みを禁止したことから、子供に携帯は必要かといった議論が起きている。今や小学生も当たり前のように携帯を持っている。自分としては、高校生まではいらないと思う。
わが市の教育委員会でも、小中学生に携帯を持たせない取り組みをしている。3日付の地元紙によると、8月に「携帯電話等使用問題対策懇談会」を設置。方策を練っているという。
当然、自分たちが学校へ通っているころは、携帯はなかった。電車、バス通学の関係で高校生になったら腕時計
をして行けたのがうれしかった、という時代。月日は流れ、現代は犯罪の危険から身を守るためにも必要だという意見がある。だったら登下校時の使用はいいが、授業中の校内では電源を切っておくのはどうだろうか。
ではわが家はどうか? これも“言行不一致”なのだが、中学生の子も持っている。知り合いのお母さんは、息子に高校進学が決まるまで持たせないという。自分もそうでありたいと思っていたのだが・・・。
まさに“言行不一致”で恥ずかしい。このブログで2011年7月の地デジ化について疑問、反対の考えを書いてきたのに、何とわが家に地デジ対応のテレビがきた
。
今まで見ていたブラウン管のアナログテレビ(32インチ)
が故障したわけではない。強いて言えば、チャンネルの動作がたまに調子悪くなるぐらい。なのに、どういうわけか母親が突然新しいテレビを買った。それも“世界の亀山モデル”AQUOS(LC-37GX5)。おまけに!? 同じくAQUOSのブルーレイディスクレコーダー(BD-HDW22)までw(゚o゚)w。
自分としてはあと3年後にチューナーでも付けて、地デジが見られるようにすればいいと思っていた。現実には駆け込み需要に生産が追いつかない状況になりそうだが・・・。残るわが家の3台のアナログテレビはどうなるのだろう。いっそのこと地デジ対応テレビが1台だけなら、各部屋バラバラに分散してテレビを見ている家族は、昔のように1カ所へ集まるようになるかもしれない。
地デジ化についての考察なんて吹っ飛ばして、一気に買い替えてしまう、買うことができる母親の財力がうらやましい。電光石火、相談もない。さすが“お大臣様”。たまげた。
ふだん飲んでいるサントリーのスーパーブルー
から“浮気”をし、最近発売になったキリンのストロングセブンを飲んでみた。理由はアルコール度数が7%と高いから。日本のビール、発泡酒などはだいたい5%前後が多いので、より強さを実感してみたかった。
7%というと、中国ハルビンの屋台で飲んだ地元のビールを思い出す。熱帯夜の中、キンキンに冷えて(冷えすぎて凍っていた
)出された瓶ビールがアルコール7%あり、ずいぶん強いなあと印象に残っている。ウオツカのような白酒は40度ぐらいあったから、ビールも強烈なんだろうと思っていた。
スーパーブルーもストロングセブンも正確にはリキュール(発泡性)①。値段の関係で本物のビールは飲めないが、リキュールならではの味が好きだ。
アルコールが高いぶん酔いが回るような気がする。1本また1本と数が増えるたびに、戦後50年に初めて訪れたハルビン、旧日本軍731部隊のあった平房、そして北京の暑い日の記憶がよみがえる。また行ってみたい。
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